人的資本とは?中小企業及び建設業にも影響を与える人的資本に係る情報開示の動き並びに人的資本経営のメリットとしてのサステナブルファイナンス
2023年10月25日
はじめに
昨今、人的資本という言葉が注目されるようになりました。比較的新しい言葉であるため、研究機関等がそれぞれ異なる説明をしており、明確な定義はない新しい概念です。経済産業省では人的資本経営を「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」としています。人的資本開示は欧米が先進していますが、日本でも昨年、人的資本の情報開示に関する大きな指針が2つ示されました。
すぐに直接的な影響があるのは大企業ですが、中小企業でも今後避けて通れない考え方です。そして、特に深刻な人材不足の問題を抱える建設業においては、今から取り組むことで人材戦略に有利に働くことが予想されます。今回は人的資本について、基礎となる考え方や求められる開示についてまとめます。
人的資本とは?
まずは人的資本という言葉の意味を確認します。似た言葉として、経営資源である「ヒト、モノ、カネ」の「ヒト」を指した「人的資源」という言葉があります。人的資源という言葉は、「ヒト」に係る人件費をそのまま費用と捉えて、労働力がその場で消費されていくと考える向きが強い言葉です。
一方、人的資本という言葉は、「ヒト」に係る人件費を「投資対象に対する投資」と捉えて、先行投資をしたうえで、将来の企業価値向上によってリターンを得ようと考えます。
文字通り、ヒトを競争力の源泉である資本と考え、それを企業が適切にマネジメントして企業価値を向上させるというのが人的資本経営の目的です。
人的資本開示の動き
人的資本に関する動きとして、昨年度は「人的資本可視化指針」の公表や、「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正、「女性活躍推進法」の改正がありました。これによって上場企業は女性管理職比率、男性の育児休暇取得率、男女の賃金格差等の数値に加えて「人材の多様性の確保を含む人材の育成に関する方針及び社内環境整備に関する方針」等の開示が求められることになりました。
上記が示されたことは、欧米に後れを取っている日本の人的資本の情報開示において、大きな一歩といえます。こうした世の中の流れは大きく以下の2つの動機により進められてきました。
1つ目はESG投資への関心の高まりです。欧米ではESG(環境・社会・企業統治)に関する社会的意識が高まり、投資の世界においてもESGに配慮し持続可能な発展を目指す企業に投資をするという投資家が増加しています。日本は欧米から遅れをとっていますが、この視点が浸透し始めていることは間違いありません。
2つ目は労働者からの要求です。労働人口が減少していく中、労働者たち、特に若年層は給与面だけでなく就職先の労働環境を知ることに高い関心を示しています。労働環境を改善し、その情報を開示する機運が高まっています。
中小企業において、1つ目のESG投資についてはすぐに直接的な影響はないと考える企業も多いかもしれません。しかし、2つ目については多くの企業に影響が出てくると考えられます。今後は開示義務がないからといって何の情報開示にも取り組まないことは労働環境の改善に意識が低いという印象を与え、人材採用等の場面において不利になる可能性があります。建設業においては2024年4月より時間外労働の上限規制が適用されることにより、現状よりも労働環境が改善されると考えられていますが、それだけにとどまらない労働環境の改善についても取り組む必要に迫られるでしょう。
中小企業に求められる情報開示
ここからは人的資本開示の内、中小企業にも大きく関係するものを見ていきます。具体的には、中小企業に現在義務化されている事項である女性活躍推進法に基づく行動計画の策定・情報公表について整理します。ここでは101人以上300人以下の企業に要求されている事項を2つご紹介します。
①一般事業主行動計画の策定・届出
「一般事業主行動計画」とは、企業が自社の女性活躍に関する状況把握と課題分析を行い、それを踏まえた行動計画を策定するものです。以下の4つの項目について自社の状況を把握した上で課題への取り組み内容を決定し、社内通知と外部公表を行い、都道府県労働局に届出を行います。また、その後の取組内容の効果測定も行っていく必要があります。
- 採用した労働者に対する女性労働者の割合
- 男女の平均継続勤務年数の差異
- 管理職に占める女性労働者の割合
- 労働者の各月ごとの平均残業時間数等の労働時間の状況
②女性の活躍に関する情報公表
また、以下の項目から1項目以上選択し、求職者等が簡単に閲覧できるように情報公開する必要があります。
① 女性労働者に対する 職業生活に関する機会の提供 | ② 職業生活と家庭生活との 両立に資する雇用環境の整備 |
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※「(区)」の表示のある項目は、雇用管理区分ごとに公表が必要
※「(派)」の表示のある項目は、労働者派遣の役務の提供を受ける場合には、派遣労働者を含めて公表が必要
建設業界の情報開示例
建設業界の開示の事例として、従業員数が100人以下でありながら男女の賃金格差等の情報公表を行った例をご紹介します。この企業では開示によって社内風土が変化し、売上の伸長にも寄与しました。このような取り組みは簡単なことではなく、短期的にはコストや工数がかかってしまいますが、長期的には会社の成長につながるようです。人的資本への投資による長期的な企業価値の向上を果たしたという点で、まさにESG経営であるといえるでしょう。
上記の事例紹介にもありますが、社内の人材だけでは難しいこともありますので社労士等の専門家に相談をするというのも有効です。
サステナブルファイナンス
第3節で触れたESGに関連し、ESG投資に関わる論点の一つであるサステナブルファイナンスについてもご紹介します。
サステナブルファイナンスはこれからの資金調達手段として理解しておきたい概念の一つです。全国銀行協会の定義では「環境(E)・社会(S)、ガバナンス(G)課題の解決を目指して、様々な配慮を織り込んだ投融資(ESG投資・ESG金融)、債券発行、その他様々な幅広い金融サービスを含む広い概念」です。こちらも現在は大企業を中心に金融商品が開発されていますが、サステナビリティ・リンク・ローン(CO2などの削減目標を設定し、目標を達成できた場合は金利が有利となる借入)等では中小企業に向けた金融商品も徐々に増えてきています。人的資本経営に取り組むことで、資金繰りにも有利に働く可能性があるということをぜひ知っていただきたいと思います。
おわりに
今回は人的資本の動向と中小企業に対する影響をご紹介しました。深刻な人材不足を抱え、それに加えて、元々女性比率が少ない建設業においてこのトレンドは非常に厳しいと感じられるかもしれません。しかし、今後は中小企業にさらに大きな影響が出てくる可能性が高いと考えられるため、影響が少ない今のうちから少しずつ取り組んでおくことをおすすめします。