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前川 研吾 Kengo Maekawa

この記事の著者

前川 研吾 Kengo Maekawa

ファウンダー&CEO  / 公認会計士(日本・米国) , 税理士 , 行政書士 , 経営学修士(EMBA)

IPOパズル~初日の異常なリターン、長期パフォーマンスの低下、ホット・コールドの市場のサイクルの謎~

2024年1月5日

IPOパズル(IPO Puzzle)という言葉をお聞きになったことはありますでしょうか。私自身はこれまでIPOパズルに関する理論研究や実証研究を行ったことはありませんが、IPO関連業務に20年以上従事するコンサルタントとして、IPOパズルについては数多く体験し体感してきましたので、その内容について整理してみました。

IPOパズル(IPO Puzzle)とは?

「IPOパズル」とは、金融市場、特にIPOにおける現象や謎に焦点を当てた用語です。IPOに関する研究においては、①アンダープライシング(株価の低設定)から生じる株式公開初日の異常なリターン、➁他の株式と比較した場合のIPO企業の株価の長期的なアンダー・パフォーマンス、③IPO件数に周期的なサイクルがあること等が、IPO業界におけるパズル(謎)とされています。

これまで、世界的にIPOパズルに関する研究は数多く行われてきました。株式公開初日時の価格設定、市場の効率性、法的な枠組み、情報の非対称性、投資家行動に関する心理学など、そのテーマは多岐にわたります。この分野の研究においては特にアジアの資本市場での現象が注目されています。例えばオークション方式が普及しないのはなぜかというテーマから始まり、投資家がIPOに魅力を感じる心理的要因などに焦点を当てた研究が行われています。

アンダープライシングから生じる株式公開初日の異常なリターン

多くのIPOにおいては、株式公開初日に異常に高いリターンを記録します。すなわち、IPO企業の株式が市場価値を下回る価格で初期公開されることで投資家に高いリターンを提供することとなる現象です。なぜ株式公開初日に公募価格が市場価値よりも低い価格で設定されるのかという疑問が生じます。

その理由としては、まず、IPO企業に関する株価形成の情報は限られており、適切な市場価格を設定するのが難しいためと考えられます。したがって、アンダーライターである主幹事証券会社は投資家の需要を引き出しやすくするために、意図的に低めの価格を設定する傾向があると考えられます。

そして、上場初日に株価が大幅に上昇すると、そのIPO企業に対する注目度が高まります。これは、IPO企業にとって無料の宣伝広告ともなるため、意図的に低価格設定が行われます。またその逆で企業のレピュテーション悪化から、公募割れを避けるインセンティブともなります。

他の株式と比較した場合の株価の長期的なアンダー・パフォーマンス

IPO企業の長期的なパフォーマンスは他の株式に比べてしばしば低いことが研究によって示されています。これは、初期のアンダープライシングや初日の異常な取引パフォーマンスとは対照的な現象です。初日の高リターンにもかかわらず、多くのIPO企業の株価は長期的には低迷し、平均的な市場パフォーマンスを下回ることがあります。

その理由としては、まず、IPOの際、投資家はIPO企業に対してしばしば過剰な期待を持ちがちです。この初期の過大評価は、長期的には現実的な企業のパフォーマンスに合わせて調整されるため、結果的に株価が下落することがあります。

次に、IPO後、経営陣や初期の投資家には、しばらくの間株式を売却することができない「ロックアップ期間」が設けられています。この期間が終わると、これらの株主が大量に株を売却することがあり、その結果、株価が下落することがあります。加えて、多くのIPOは成長段階にある企業によって行われます。これらの企業は初期には大きな成長を遂げる可能性があるものの、成熟するにつれて成長率が低下し、それが株価に反映されることとなります。

IPO件数に周期的なサイクルがある

IPO市場には「ホット(活発)」と「コールド(不活発)」の期間が交互に訪れる傾向があります。ホットな市場では多くの企業がIPOを行いますが、コールドな市場ではIPOの数が大幅に減少します。これは、IPOがマクロの経済状況や投資家心理と密接に関連していることを示しています。

その理由としては、まず、IPO市場は大きく市場参加者の感情に影響を受けます。投資家が楽観的な時は新しい投資機会を積極的に求め、IPOに対する需要が高まります。逆に、投資家が悲観的な時はリスクを避け、新規株式の需要が減少します。

次に、マクロ経済の波があるためIPO市場にも波が生じます。経済が成長している時、企業は拡大のチャンスを捉えようとしてIPOを行うことが多くなります。しかし、不況期には企業の業績が悪化し、IPOを行う企業が減少します。

その他のパズル

以上3つが代表的なIPOパズルですが、その他にもIPO業界にはいくつかの謎があります。

例えば、IPOをするためには、監査法人や証券会社への支払報酬、IPOに耐えられる内部管理体制を構築するための優秀な人材の採用など、大きなコストを要します。企業がこれほどの高コストを負担する理由は何でしょうか。特に他の資金調達方法が利用可能な場合には、直接金融の調達コストとリターンが見合っているか疑問の余地があります。

また、2000年以降、IPOの数が顕著に減少しています。経済環境の変化、製品市場競争の増加、プライベートエクイティからの資金調達の増加、公開企業になることの財務面でのメリットの減少、無形資産の重要性の増加に伴う機密情報開示のデメリットの高まりなどもあるかもしれません。

情報の非対称性からのアプローチ

なぜ公開初日の公募価格と初値が大きく乖離するのかという疑問については、伝統的なファイナンス理論では、単に大きくリスクを取ったから大きくリターンを得られるという回答になるかもしれません。一方、情報の非対称性による説明も可能であると考えます。

まず、IPOプロセスでは、売り手(企業)は買い手(投資家)よりも多くの情報を持っています。この情報の非対称性は、IPOの価格設定とパフォーマンスに影響を与える可能性があります。

次に、企業は自身の価値を最大限に高く見せようとするため、投資家が実際のリスクや価値を適切に評価できない可能性があります。この結果、IPO企業が過剰評価され、長期的にはパフォーマンスが市場平均以下になることがあります。

さらに、良い品質の企業と悪い品質の企業が混在している場合、投資家は区別がつかず、平均的な価格に落ち着いてしまう傾向があります。これにより、良い品質・高い成長の企業は市場(例:東証)から離れる可能性があり、結果として低品質・低成長の企業のみがIPOを行う「逆選択」が発生することがあります。

まとめ

日本の IPO の主幹事は大手証券会社等の引受比率が高い割合を占めており、海外のIPO市場と比較しても寡占状態であります。また,IPO企業の株式の割り当てについても、日頃懇意にしている資産家(顧客)への裁量による配分が多いように感じます。そのため、主幹事証券会社による影響力が非常に大きいのが実情です。

上述の通り、IPOパズルは一つの問題ではなく、いくつかの相互に関連する謎から成り立っています。これらのパズルの存在について知っておくことは、IPO業界に従事するすべての人々にとって重要であると考えています。実際にIPOを実現することで得られるメリットや達成感もありますが、一方でIPOにはこのような謎が多いというのも、IPOの不思議な魅力になっているのかもしれません。

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