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前川 研吾 Kengo Maekawa

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前川 研吾 Kengo Maekawa

ファウンダー&CEO  / 公認会計士(日本・米国) , 税理士 , 行政書士 , 経営学修士(EMBA)

財務・非財務情報の統合と非財務情報の可視化:経営戦略的視点から

2025年8月4日

はじめに

企業経営を取り巻く環境は、いま大きな転換点にあります。気候変動、人材、サプライチェーン、ガバナンスといった非財務領域は、もはや周辺情報ではありません。企業価値や持続可能性に直接影響を与える「本質的な経営要素」として、国内外の投資家や規制当局から、その開示と透明性が強く求められるようになっています。

とりわけ、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やISSB(国際サステナビリティ基準審議会)といった国際的な枠組みにより、また日本でもSSBJ(サステナビリティ基準委員会)を通じて、サステナビリティ関連財務情報の標準化と義務化の動きが進んでいます。企業は、こうした動きに追随することに終始するのではなく、非財務情報と財務情報をどのように統合し、企業価値向上に結び付けていくのかを問い、経営戦略的視点からのアクションが求められるフェーズに入っています。

こうした状況下で、財務情報と非財務情報を統合し、非財務情報を可視化する「統合報告書」の重要性が高まっています。統合報告は、単なる情報開示を超え、企業の価値創造プロセスを可視化し、説明責任と経営戦略を結びつける枠組みです。特に、統合思考を軸にして、非財務情報を経営意思決定にどう取り込むかが、経営戦略上の鍵になると考えられます(詳細は2.参照)。

本稿では、財務・非財務情報の統合がなぜいま重要なのか、統合上の鍵は何かを整理した上で、特に非財務情報をどのように「可視化」し、「経営戦略に実装」していけるのか――のヒントを提示します。

財務・非財務情報の統合

まず財務・非財務情報の統合の意味合いと、その統合の鍵となる統合報告書と統合思考について、その詳細を次に見ていきましょう。

2.1 財務・非財務情報の統合

企業が持続的に成長し、ステークホルダーとの信頼関係を構築していくためには、財務情報と非財務情報の統合が欠かせません。これまで財務情報は企業の短期的な業績を示す主要な指標として重視されてきましたが、近年ではESGや人的資本、知的資産などの非財務情報が企業価値に与える影響が大きくなっています。両者を統合的に把握・分析することで、企業は中長期的なリスクや機会をより的確に判断でき、戦略的な意思決定や投資家との対話の質を高めることが可能になります。財務と非財務の情報の垣根を越えた統合は、単なる情報開示の技術的な側面にとどまらず、企業経営そのものを変革するための重要なアプローチといえます。

ただし、ここでいう「統合」とは、単に財務情報と非財務情報を一つの報告書に並べることではないということに留意が必要です。本質的にはここでいう「統合」は、企業活動を全体として捉え、その成果と影響を多面的に評価・活用できるようにする枠組みを意味します。財務情報は売上や利益など数値で表される成果を示しますが、非財務情報は企業の環境配慮、人材育成、サプライチェーンの倫理性など、長期的な価値創造に資する要素を含んでいます。「統合」するということは、これら異なる性質をもつ情報を整理・関連付け、経営戦略や意思決定に活かせるように結びつけることです。具体的には、財務指標と非財務KPIの連関性を可視化したり、情報システムを連動させて経営層が横断的に把握できる仕組みを整えたりすることが含まれます。このような統合を進めることで、企業は短期的な財務成果だけでなく、社会的責任や持続可能性を踏まえた戦略的判断が可能になり、ステークホルダーに対しても透明性と一貫性のある説明ができるようになります。

上記に基づき、「統合報告書」とは、企業がどのようにして財務的成果と非財務的要素(ESG課題や人的資本、ガバナンスなど)を組み合わせ、中長期的な価値を生み出しているかを体系的に示すドキュメントを指します。ここで重要になってくるのは、経営判断や事業活動における「統合思考」です。その詳細を次に見ていきましょう。

2.2 統合報告書と統合思考

「統合報告書」は、2010年に設立された国際統合報告評議会(IIRC)によって提唱され、2013年に国際的な統合報告フレームワークが初めて公表された、新たな企業報告の形です。その誕生の背景には、2008年のリーマンショックを契機に明らかになったように、「財務情報だけでは企業の将来リスクや持続可能性を的確に評価できない」という問題意識がありました。企業の価値は、もはや財務諸表だけで測れるものではなく、人材や知的財産、環境、社会関係資本といった無形資産(非財務資本)も含めた広い視点で把握する必要があるという認識が急速に広まっていきました。

「統合報告書」は、財務情報と非財務情報を一体で捉え、企業の中長期的な価値創造ストーリーを投資家や社会に対して可視化し、説明することを目的としています。報告の中心にあるのは「統合思考」という概念であり、財務・非財務・内部・外部の情報を統合的に分析し、戦略やガバナンスと結びつけていく経営思考が求められます。報告対象となる「6つの資本」(財務・製造・人的・知的・社会・自然資本)をどのように活用し、どのように価値を創出・維持・転換しているかを明らかにすることで、従来のIR(投資家向け広報)を超えた戦略的なコミュニケーションが可能になります。

特にISSBは、この「統合思考」を重要視しており、ひいては、SSBJ基準においても、「統合思考」が組み入れられています。「統合思考」は具体的に何を意味するのでしょうか。ISSBを率いるIFRS財団の前身の1つであるInternational Integrated Reporting Council (IIRC)は、その統合思考を「組織が、そのさまざまな運営単位や機能単位と、組織が使用したり影響を与えたりする「複数の資本」との関係を、積極的に考慮すること」と定義しています。特に「資本間の関連性(connectivity)」や「長期的価値創造における戦略との整合性」を重視した考え方です。

統合思考の実践にあたっては、表面的な情報統合にとどまらず、財務と非財務の要素がどのように価値創造に影響を及ぼし合っているのかという、因果構造の理解が欠かせません。そこで重要な役割を果たすのが「システム思考」です。システム思考は、詳細と全体をつなげて捉え、複雑な構造をフィードバックループやストック・フローの視点で捉える手法であり、統合思考の実践を支えるものとして位置づけることができます。たとえば、温室効果ガス排出量の削減施策が物流コストやブランド価値にどう波及するか、人的資本への投資が離職率や業績にどう作用するかといった、複数要素間の連動を把握するには、システム思考が不可欠です。

日本においては、経済産業省が2013年以降、統合報告の意義と活用を広く発信し、上場企業を中心にその導入を後押ししてきました。特にコーポレートガバナンス・コードに対応する形で、多くの企業が統合報告書の任意開示を進めており、近年では人的資本や気候変動、自然資本などをめぐる非財務領域の充実が加速しています。

非財務情報の可視化と経営戦略への実装

特に非財務情報を経営に活かすには、まずそれを「見える化(可視化)」し、次に「使える化(実装)」するプロセスが必要です。ESG、人的資本、気候変動といった情報は、従来の財務データと異なり、定義や計測の枠組みが曖昧で、部門ごとに分断されて蓄積されていることも少なくありません。そのため、経営戦略に実装するためには、情報を整理・構造化し、継続的に運用する体制が求められます。下記に、その可視化と実装について、ステップごとに深めていきます。

3.1 可視化

まず重要なのは、マテリアリティ(重要課題)の特定です。自社にとって本質的に重要な非財務テーマを明らかにすることで、取り組むべき優先領域や経営資源の集中先が明確になります。マテリアリティの選定は単なる「開示対応」のリストづくりではなく、自社の中長期ビジョンと価値創造ストーリーをつなぐ起点として機能します。

次に、特定したマテリアリティに紐づく非財務KPIの定量化が求められます。たとえば「人的資本の強化」という抽象的な目標を、「従業員1人あたりの研修時間」「離職率」「女性管理職比率」など具体的な数値指標に落とし込むことで、モニタリングや改善目標の設定が可能になります。ここでは「非財務情報は数字にできない」という思い込みを捨て、非財務であっても数値化・比較可能な資源であるという意識が必要です。

こうした定量化された非財務KPIを経営に活かすためには、可視化ツールの導入が有効です。BI(ビジネス・インテリジェンス)ツールやダッシュボードを用いれば、環境負荷、人的資本、サプライチェーンのリスクなどの情報を、部門別・時系列・地域別に直感的に把握できます。これにより、現場と経営層が共通の「数字と言葉」で会話できるようになり、非財務情報は戦略的コミュニケーションの基盤となります。

さらに、外部スコアリングの活用も有効です。第三者機関によるESGスコアや人的資本スコアは、自社の位置づけを客観的に捉える指標となります。スコアが思わしくない場合でも、それを経営改善の材料と捉えることで、社内の対話や課題整理が進みます。一方で、スコアが高評価であれば、IR活動や採用ブランディングへの活用も可能です。重要なのは、スコアを「評価」ではなく「対話の起点」として位置づける視点です。

3.2 実装

可視化された非財務情報を経営戦略に実装するには、それらを経営会議や中期経営計画に組み込み、財務情報と同等の重みで扱う構造を築く必要があります。単なる記録・報告にとどまらず、「意思決定に活かす仕組み」への進化が求められます。

最初からすべてを完璧に構築する必要はありません。まずはExcelや簡易的なダッシュボードによる管理から始め、段階的にBIツールやERPと連携し、外部ベンチマークと組み合わせていくことで、現実的かつ継続可能な運用が実現します。ここで重要なのは、技術導入の順序よりも、「何を、なぜ、測るのか」を見極める経営の視座です。

上記のようなプロセスを通して非財務情報を、経営の意思決定プロセスに直接組み込むことが、財務・非財務情報の統合または統合報告書の核心になります。

具体的にその経営の意思決定プロセスに組み込むには、以下のような統合が求められるでしょう。

  • 経営会議や取締役会で、財務・非財務KPIをセットでレビュー
  • 経営目標と連動する形での人材・環境・サプライチェーン施策の立案
  • 報酬設計、資源配分、資本政策における非財務情報の活用
  • 管理会計システム上でのESG関連指標の統合表示・分析

この段階では、非財務情報が「報告対象」から「経営資源」へと質的に転換されます。実際、統合報告書の先進企業では、財務・非財務を横断したKPIセットを経営層で定点的にレビューし、各事業の方針や投資判断に反映する動きが広がりつつあります。

とはいえ、最初から完全な統合を目指す必要はありません。まず自社の価値創造に直結するマテリアリティを特定し、そこに紐づく非財務KPIを財務指標と並列管理することから始めるのが効果的です。小さく始めて、大きく育てていくことが、非財務情報実装の現実的なアプローチなのです。

おわりに:未来志向の統合経営に向けて――課題と展望

統合報告書やサステナビリティ関連財務情報の開示が制度化される中、企業には今後、規模や業種に応じた段階的な開示義務や免除規定が適用される見込みです。しかし、制度対応の有無だけで企業の情報開示価値が測られる時代ではありません。むしろ、グローバル投資家が重視するのは、数字とストーリーの整合性、KPIの定量性、そしてその裏付けとなる経営の実行力であることを軸に経営を進める必要があるでしょう。

それを進める上での鍵として、統合報告の根幹にある統合思考、そしてシステム思考が位置づけられます。しかし、こうした思考方法は、一朝一夕で獲得できるものではありません。こうした思考方法を社内に根付かせるには、それなりの人材育成なども含めてプロセスが必要になります。システム思考、そして統合思考が経営に根づいたとき、財務と非財務の壁は極めて低くなり、意思決定・戦略・ガバナンスが統合されたものへと進化していく道筋がつくられるといってよいと思います。

一方、その実践にはいくつかのハードルがあり得ます。非財務データの整備が十分でない、KPIの管理が属人化している、経営層の関与に濃淡がある、報告書作成が形式的に陥っている――こうした課題は、多くの企業で共通しています。これらに対処するには、「統合報告書を経営戦略の説明書として再定義する」視点が重要です。単なる資料ではなく、経営の意思決定・資源配分・価値創造モデルを、一貫性をもって記述するドキュメントとして扱う必要があります。また、非財務KPIを財務指標と並列で定期的にモニタリングし、経営会議で議論すること。それらの情報が部門横断で共有されるための「共通言語」として、可視化ツールやダッシュボードを戦略的に活用することも欠かせません。

システム思考、統合思考を組織に根付かせながら、統合報告書の中で非財務情報を可視化し、経営に統合されて非財務情報は初めて価値になります。そのようにして、上記のようなチャレンジに向き合い克服してこそ、SSBJやISSBによる開示基準への対応に関わるプロセス自体にてついても、経営戦略的視点から企業価値に結び付けていくことができるのではないでしょうか。形式から本質へ、対応から創造へ――経営のあり方そのものが、今問われているのです。

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