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藤井 淳平 Jumpei Fujii

この記事の著者

藤井 淳平 Jumpei Fujii

ディレクター  / 税理士

【国内税務Q&A】税制適格ストックオプションに係る事例 ①

2024年8月14日

質問

A社は、税制適格ストックオプションを自社の取締役に発行する予定です。このストックオプションが税制適格要件を満たすため、以下の3つの個別論点について教えてください。

個別論点①

権利行使価額はどのように設定するか。

個別論点②

契約締結後の後発事象に基づき、権利行使価額を減額する契約変更が行われた場合、税制適格要件を満たさなくなるのか。

個別論点③

契約で定められた年間の権利行使限度額(1,200万円)を超えて権利行使した場合の超過部分に係る税務上の取扱いはどのようになるのか。

【前提条件】

  • A社株式は取引相場の無い株式である。
  • 概ね6ヶ月以内において売買実例がない。
  • A社は従業員数が200人以上であり、財産評価基本通達178で規程する大会社に該当する。

回答

個別論点①

A社の状況(取引相場のない株式、売買実例なし、大会社)より、契約締結時の株式の価額は財産評価基本通達に従い、純資産価額方式や類似業種比準方式等(特例方式)を用いて算定された株価以上で権利行使価額を設定すれば、税制適格要件を満たすこととなります。

個別論点②

後発事象に基づく権利行使価額の修正は税制適格要件を満たさないものと判断できます。

個別論点③

年間の権利行使限度額を超過した部分については、原則として通常の給与所得として課税されることになります。

重要用語

個別論点の考察の前に、質問及び回答にて言及されている「ストックオプション」や「税制適格ストックオプション」について、簡単に確認したいと思います。

ストックオプション

ストックオプションは、特定期間内に決められた価格で会社の株式を取得できる権利で、会社が取締役や従業員に業績向上のインセンティブや優秀な人材確保のために付与するものです。権利行使により株式を取得し、株価上昇時に売却することで利益を得られるため、特にIPO準備企業や上場企業で利用されます。

ストックオプションは以下のように分類されます。

  • 有償ストックオプション:対価を支払って取得
  • 無償ストックオプション:無償で取得
    • 税制適格ストックオプション:特定の税制優遇あり
    • 税制非適格ストックオプション:通常の課税

税制適格ストックオプション

税制適格ストックオプションは、権利行使時には課税されず、株式売却時にのみ譲渡所得として課税されるという点で、税制上の優遇措置を受けることができます。即ち、権利行使時に総合課税により最大税率55%の課税がなされる税制非適格ストックオプションと比較して、課税のタイミング及び税負担率の2点で優遇されているといえます。

ストックオプションの種類と税務上の取扱いをまとめると下表の通りです。

種類課税
権利行使時株式売却時
無償ストックオプション税制非適格ストックオプションあり
(給与所得等)
あり
(譲渡所得)
税制適格ストックオプションなしあり
(譲渡所得)
有償ストックオプションなしあり
(譲渡所得)

また、税制適格ストックオプションとして認められるための税制適格要件として主なものは以下の通りです。

種類
付与対象者会社及びその子会社の取締役、執行役、従業員、一定の要件を満たす社外高度人材(大口株主及びその特別関係者を除く)
権利行使期間「付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後10年を経過する日まで」
設立から5年未満の非上場会社においては、「付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後15年を経過する日まで」
権利行使価額権利行使価額が契約締結時の株式の価額相当額以上
権利行使限度額
  • 原則:上限1,200万円/年
  • 設立の日以降の期間が5年未満の場合:上限2,400万円/年
  • 設立の日以降の期間が5年以上20年未満で、非上場会社又は上場の日以後の期間が5年未満の上場会社の場合:上限3,600万円/年
譲渡制限譲渡禁止

根拠(質問に関する判断)

個別論点①

租税特別措置法29条の2では、税制適格ストックオプションの権利行使価額について、「当該新株予約権の行使に係る1株当たりの権利行使価額は、当該新株予約権に係る契約を締結した株式会社の株式の当該契約の締結の時における1株当たりの価額に相当する金額以上であること。」と規定されています。即ち、ストックオプションの付与に係る契約時の株価以上でなければなりません。この株価については算定ルールが明示されておりませんでしたが、令和5年7月に租税特別措置法通達29の2-1が新設され、本件のように取引の相場がなく、概ね6ヶ月以内に売買実例のない株式である場合には、通達に掲げる一定の条件の下、財産評価基本通達によって算定することができる旨明らかとなっています。本件A社は財産評価基本通達178で規定する大会社に該当するため、財産評価基本通達に基づいて算定する場合には、以下の類似業種批准方式又は純資産価額方式等によることとなります。

  • 類似業種比準方式:発行会社と事業の種類が同一又は類似する複数の上場会社の株価の平均値に基づいて株価を算定
  • 純資産価額方式:発行会社の純資産価額(相続税評価額の時価ベース)を発行済株式数で除して株価を算定

個別論点②

租税特別措置法29条の2では、「~当該付与決議に基づき当該株式会社と当該取締役等又は当該特定従事者との間に締結された契約により与えられた当該新株予約権を当該契約に従つて行使することにより当該特定新株予約権に係る株式の取得をした場合」に限り、税制適格ストックオプションとして株式取得に係る経済的利益について所得税を課さない旨規定しています。即ち、「契約に従って行使」されることが前提とされています。この点、国税庁のストックオプションに対する課税(Q&A)では、一定条件下では「通達改正後に権利行使価額を引き下げる契約変更」が認められると記載がありますが、この見解を広く解釈し、あらゆる状況でも契約変更を認めるものではありません。よって、本件の契約締結後に発生した後発事象に基づく権利行使価額の変更は、原則として税制適格ストックオプションの要件を満たさないと判断できます。

個別論点③

税制適格ストックオプションの要件の一つに、年間の権利行使による経済的利益の合計額が原則として1,200万円を超えないことがあります。この限度額を超えた場合、超過部分は税制非適格ストックオプションとして扱われ、課税対象となります。権利行使による経済的利益に対する課税は、原則として「給与所得」として扱われます。これは、ストックオプションが雇用関係又はそれに類する関係に基づいて付与されたという考え方によるものです。この点、権利行使時に退職していた場合も、付与時の関係に基づいて給与所得として課税されるものと考えられます。但し、以下の場合は「雑所得」と扱われる可能性があります。

  1. ストックオプション取得後、短期間で退職が予定されていた場合
  2. 退職後の権利行使で得られる利益の大部分が、長期間の株価上昇によるものである場合

また、付与者の営む業務に関連してストックオプションが付与された場合(例:特定従事者への特定新株予約権の付与)は、事業所得又は雑所得として課税される可能性があります。

国内税務Q&A_税制適格ストックオプションに係る事例①

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